“柿博士”こと平井俊次氏プロフィール
 長野県の飯田・下伊那地方は、長い歴史を有する干し柿の産地です。文献で確認できるものでも500年以上になります。310余年前の江戸中期(元禄8年)に刊行された食療書として名高い「本朝食鑑」には、”信州の立石(たていし)の小串柿”が記されています。

写真右)立石寺(りっしゃくじ)には江戸時代の柿問屋さんらによる柿の絵額が奉納されていました。

 この小串柿が立石柿と呼ばれ、現在の長野県飯田市の三穂地区を中心に、下伊那郡下で作られていた干し柿(串柿)で、現在の”市田柿”の前身になった柿です。この”市田柿”は、下伊那郡高森町市田地区にあった渋柿の中から大粒で良質な柿を選抜して、大正10年に改称したものです。

写真左)江戸時代に、この地区から干し柿を馬・牛・船で江戸まで運んでいたという絵額が保管されていました。


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